個 展     ギャラリー愚怜(本郷):'00・'01・'05・'07   世田谷美術館区民ギャラリー:'03
         プロモ・アルテギャラリー(青山): '09 →会場風景

水彩二人展・早春賦 世田谷美術館別館 清川泰次記念ギャラリー内区民ギャラリー
          
津坂次子氏との水彩二人展:2018.3


1995.10 文京区本郷1丁目に「アトリエ本郷弓町」ひっそり開講。オープン当初の生徒さんは9人でした。
1997.4 1丁目から4丁目にお引越し。
2001.4 世田谷区上野毛に教室移転。これにともない教室名を「上野毛絵画教室」にあらためました。
2006.5 3度目の教室移転。駅に近くなりました。
作品解説「本郷區菊坂」   
絵と文:南嶋朋子 
この解説は、2007年、東京・本郷の「Gallery愚怜」発行のギャラリーニュースに、「私的本郷案内」というタイトルで毎月絵と文章を掲載させていただいたものに加筆・補足をしたものです。
 かつて半年ほど、真砂町の絵画教室で寝起きしていたことがあります。アトリエにはお風呂がなかったため、夜は炭団坂(たどんざか)を下りて、菊坂の菊水湯に通いました。炭団坂は北斜面なので、日が傾くとどこよりも早く夕闇が集まり始め、みるみる夜になってゆきます。炭団坂を下りて菊坂に向かうとき、なにか結界をおかすような感覚があるのは、真砂町と菊坂とでは時間軸が少しずれるからでしょう。菊坂には夜が早くやってくるのです。
 菊坂は昼も夜も静かで、真砂町ではつねに聞こえている春日通りの喧噪も、ここには届きません。菊坂の路地を歩けば、猫が集会をしていたり、並べられた植木鉢の花がふいに香ったり、ほっとするようなほの暗さと安らぎがあります。でも、ふと考え事にふけりすぎている自分に気がつくことがあります。何の力なのか、内側へ内側へと思考のベクトルを向かわせる磁場が菊坂にはあるようです。そして夜は、その力が強くなるのです。
 菊坂時代の樋口一葉は、生活とたたかいながらも古典の研究に打ち込んだといいます。のちに傑作を次々と生んだ彼女の文学的土壌は、この菊坂の磁場と共鳴して作られたのでしょう。
 さてお風呂を終えた私は、また炭団坂を登って真砂町にかえります。坂を上りきると、時間軸がカチリと戻り、夜の闇が浅くなります。“現世”に戻ったようで、凡人の私は少しほっとするのでした。

 

「台風情報」 

台風情報

 二百十日の季節、本郷案内からはなれて「野分」のお話を。
 台風は、日本列島をなぞるように北上することが多い気がします。中心にあるその「目」で、まるで日本がどんなところかを見に来たかのようです。九州に住んでいた頃、上陸したばかりの台風の目の通過をなんどか経験しました。
 暴風圏に入ると、叩き付ける雨はいよいよ激しくなり、雨戸を閉めていてもサッシが内側にたわむほどの風圧になります。時おり、引きはがされた瓦がガチャンガチャンと屋根の上を転がっていくのですが、どうすることもできません。ところが、台風の目にはいったとたん、それらがまるで嘘のように静かになるのです。あの猛烈な風をどうやってしのいでいたのか、虫が細い声で鳴きはじめ、平穏な日常が戻ってきたかと錯覚するほどの静寂につつまれます。けれどもその静けさは、空を覆うような巨大な眼が地上の様子をうかがいながら、瞬きもせずにゆっくりと移動して行く光景を思わせ、子供心にほんとうに不気味でした。目が通過してしまうと再び荒れ狂う暴風に閉じ込められるのですが、むしろホッとしたような気持ちになったことを思い出します。昔の人々は、こんな台風の目の通過をどう思っていたのでしょう。去ったと思わせておいて再び牙をむく、なんと悪意にみちた野分だと畏れたに違いありません。
 台風の夜は孤独や不安が近くなります。絶え間ない風の音が人をそうさせるのでしょう。台風情報の画面に青く染まる部屋で、誰かといるのに寂しいと感じている青年。こうした情景は、台風を野分と呼んでいた時代にもきっとあったと思うのです。

 

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上野毛絵画教室